淡々と進めていけることは1つの能力

「好きこそ物の上手なれ」という言葉がありますが、数学が好きで、時間をかけることが苦にならなければ、自然と数学の成績も上がるでしょう(むしろ、その場合は他教科との兼ね合いの方をきちんと考えなくてはならなくなりますが…)。また、数学が好きではないという人の中にも、数学に毎日最低これだけの時間はやるといったように決めて、要するに「ブレずに淡々と」「仕事だと割り切って」やっていける人もいるでしょう。こうなると、もはやそれは1つの「能力」として誇って良いと思います。

今回お話ししたいのは、そういう能力を持ち合わせていない皆さんにも、何とか大学入試の数学の問題を解けるようになってもらうために、どうすればよいか、そのきっかけ作りについてです。考えていくと、同時に先に述べたような特殊な能力(?)の持ち主の皆さんにも、それなりに「弱点」があるように思えてきました。好きであるがゆえに、特定分野に偏ってしまうなど自己流の学習から抜け出せなくはなっていないか。やる気があるがゆえに、ただがむしゃらに進めていくだけになってはいないか。同様に、学習の習慣や基本姿勢には問題がないものの、何となく受け身になっていて、大事なポイントを外してはいないか。今述べたことに心当たりがあれば、以下のことを少しでも意識し、出来る範囲で実践してみて下さい。

学習の入口と出口を意識しよう

繰り返しになりますが、皆さんの目標は大変高いところにあります。そこへ辿り着くために何をどのような順序、バランスでやればよいかの参考にするため、筆者は皆さんの学習の進み方を3段階に分け、その1セットを学習サイクルと呼ぶことにしました。

1:導入(修得)/インプット

2:練習(習熟)/<     >    ←リピート(プラクティス)が入る

3:確認(評価)/アウトプット

導入、練習、確認は筆者が拙サイト「数学参考書レビュー[高校数学・大学入試]」を作成した初期から中期(?)に差しかかる頃、参考書や問題集などの教材(広い意味では学校や予備校の授業、映像授業なども含みます)を分類しようと思い、自分なりに名付けた概念です。

(注記)きちんと「教材学」という学問でやっていらっしゃる方は、修得、習熟、評価とお呼びになるのでしょうか。筆者も最近になってこの概念を知った次第で、認識不足についてはお詫びいたします。

加えて、学習法を扱った本やサイトなどでインプット、アウトプットという言葉が聞かれるようになったので、筆者も使うようになりましたが、上記のように対応すると考えてもらえれば結構です。ちなみに、<  >に入る横文字を今まで筆者は聞いたことがありませんでしたが、せっかくなのでこの機会に「リピート」と(プラクティスの方が良い気がしますが、全部tで終わった方がカッコイイので、このように)呼ぶことにします。

前置きが長くなりましたが、ここで注目していただきたいのは、上記の1、2、3は「○○サイクル」という冠を取り払っても、単独で成立するということです。具体的に言えば、通常の学習サイクルとは「2次関数」などの1分野を教科書で学ぶ2~3ヶ月スパンのことですが、高1=導入(修得:以下では略)、高2=練習、高3=確認といったように、皆さんの高校3年間(中高一貫校ならば6年間)を1つのサイクルと捉えることもできます。逆に、短いスパンで考えるならば、それこそ1時間の授業の中にも、先生の説明を聞いたり教科書を読んだりする=導入、授業中に問題を解いたり宿題の問題を解いたりする=練習、問題の答え合わせをしたり確認テストを受けて知識の抜けを補ったりする=確認、というのもサイクルです。

よく「わかる」と「出来る」の違いは大きいという話を聞きますが、導入すなわち入口の部分はうまくクリアできたが、それだけでもう自分は出口に辿り着いてしまったように錯覚してしまうのが、いわゆる「わかっただけ」の状態です。同様に「出来るつもりになっただけ」という状態もよくあります。例えば、学校や予備校の先生に質問しに行ったり、個別指導してもらったりして、そのときは問題が解けた(または、問題を解く方法がわかった)のに、定期考査や模試テストになると解けないといったようにです(ただ、次につながるという意味では「出来るつもりになる」ことも大事ですが…)。

迷わず「出口」にたどり着くには?

ここで、最初に述べたような特殊な能力の持ち主ならば、もう大丈夫というレベルまで特に意識しなくても出来てしまうのでしょうが、残念ながら皆がそうではありません。他教科との兼ね合いもあるでしょうし、どこか適当なところでやめたいと考える人が大多数なのですが、多くの人がそのタイミングを誤っています。教材や受ける授業のレベルは概ね合っていて、なおかつそれなりにやる気や能力だって持ち合わせているのに、十分に練習を積まないまま勝手に「これで大丈夫」と判断して学習をやめてしまう人が多いのは、非常にもったいないことです。

(注記)それ以前に、導入の段階で「自分には無理」「数学って邪魔くさい」とか、はたまた「先生が嫌い」(笑)などの理由で数学の学習を諦めてしまう人もいますが、少なくとも本記事をお読みになっている皆さんに、そのレベルのことは言いたくありません。絶対こうなりたいという目標があるのかどうかすら、疑いたくなります。

まあ「自分に甘い」「自己を過信している」とも言えるのでしょうが、昨今の受験生には、総じて「どういうときに出来なくなるか、出来ないとどうなってしまうか」という想像力が欠けている気がします。

そこで、具体的で分かりやすく、かつレベル的には少し高い「出口」の基準を、皆さんなりに考えて欲しいと思います。たとえば定期考査前であれば、

「定期考査で出題されるのと同レベルの問題の解説授業を、自分で再現できること」

を目標にすると良いと、よく言われます。問題のレベル的には「2次方程式の解の配置」などをイメージするとよいでしょう。不等式の立て方や、その不等式が必要な理由などが、頭の中で要約されていることが重要です。さらに、問題が解けることでなく授業の再現を目標とすることによって、皆さんが学習段階に応じて行う活動が「聞く・読む→書く」で終わっていたところに「→話す」(実際に口に出すわけではなく、頭の中で話すのでしょうが…)が付け加わります。これによって、学習にメリハリが生まれます。模試を受ける場合も、返却後に解説書を読みながらその内容を授業のように再現できるか、トライしてみましょう。その積み重ねが、入試レベルの学習に入ったときの「伸び」につながってきます。